作ったのは結構前の今年の初め頃で、着想のきっかけは確か当時見た政治に関するものでした。
ある国の首相とある国の大統領の会見の記事だったかと思いますが、表向きとは違うドラマが水面下にあるとしたら。
例えばこんな感じの背景があったらお話としてかなり面白いのでは、と勝手に考えを付け足し創作するような感じだった気がします。
当たり前ですが念のためこれは創作物であり完全なるフィクションで、登場人物もまったくもって架空の人物です。
単にこんな設定だったらかなり面白いなという発想から天秤座の超優秀な大統領と、その真反対の位置にある牡羊座のこれまた優秀な側近の最強コンビという設定で、世界に蔓延り浸食している非人道的な悪に対し人間の尊厳を守る為色々な面(精神性や文化や伝統なども含めて)で闘っているという感じです。
ですが今回の為にまだ書き途中の部分を急遽あつらえたので尺はかなり短く、少し簡素に感じる箇所もあるかと思いますが、ちょっとした気楽な暇つぶしにでも楽しんでもらえれば嬉しい限りです。
---------------
>導入
大統領執務室に会見を終えたばかりの大統領が戻り、長年共に連れ添った信頼の厚い側近の外相との会話から始まる。
---
大統領は大きな椅子に腰かけると腕時計を外してデスクに置く。
その様子を見ていた外相ががおもむろに口を開く。
「時計を、見ていましたな」
大統領は突然外相から投げかけられた言葉の意味を考えたが、すぐさまその真意を理解する。
おそらく先ほどの会見時の握手の際に、相手の首相のしていた腕時計をちらりと見たことを言っているのだろう。
この外相はそのほんの一瞬。一秒にも満たない目の動きをしっかりと捉えていた。
外相は続ける。
「それがあの国の一般的な国民の平均年収からしてどのくらい妥当なのかを計算したのではないのですか?」
大統領はその言葉に苦笑いを浮かべ、軽く両手を上げ降参するジェスチャーをした。
この長い付き合いの外相に何も隠し事は出来ないことを改めて理解したからだ。
この外相は常にどこに関心を向けているか。意図。感情、真意。それらは決して相手に悟られることはない。
一見どこにも意識を向けていないように見えるが、あらゆるどんなにささいなことにも目を光らせている。
そしてそんなささいなことからもあらゆる情報を引き出し解答を導き出す。
この時計のことにしてもそうだ。
おそらく彼ほどこの技術に卓越した人物は、世界広しと言えどそうはいないだろうという確信があった。
つまりこれ程までに交渉役に適した人物はいないということだった。
上げた両手をゆっくりとデスクに置き、大統領は口を開いた。
「国民とは別の仕え先がある者はいつの世も珍しくはないが、彼は少しばかり取り分が多いようだ」
「まったく、少しは程度わきまえる品性という言葉の意味を理解すべきですな。他にもいくつもの収入源があるというのに」
「親族の兄弟の持っている企業、か。人口減少。労働力不足を補うという建前で留学生。外国人労働者と共に危険を招き入れる。国民には苦だな」
「移民と選挙。まさに行動計画(アジェンダ)通り。つまりご主人の意向に沿えば褒美が与えられる。芸をすれば餌がもらえる犬と同じですな」
相変わらずまったく遠慮のない外相の辛辣な口調に、大統領は再び苦笑いを浮かべる。
外相は続けた。
「大統領はあの国の伝統文化を好いていらっしゃる。そんな国がアイデンティティを偽る下品な寄生虫にたかられ続け満身創痍となっていることを忍びなく思うのは理解できますが……」
「あの国の文化にはどれも独特の静けさと奥行きがある。そしてそれを貫く精神性に最も重きを置いている。特に武道において顕著だ。それが私を惹きつける」
「しかしもう少し気骨のある民族だと思っていましたが。いつの間にかあんな雇われ店主程度の出来損ない連中に我が物顔で占拠されるなど、彼らの優秀な先祖たちは想像すらしなかったのではと思えますが」
外相は皮肉の類ではなく純粋な疑問としてそう述べているように見えた。
「あらゆる面において魚の骨を取り除くかのように、丁寧に骨抜きをされ続けてきた結果だよ。無論それを受け入れてしまったことにも非があるのかもしれない。そしてそのままあまりにも長い時間が経ってしまった」
大統領は少しの間を置いてから続けた。
「飽食や物質的な豊かさとは、ある種の遅効性の毒のようなものなのかもしれない。精神を腐らせ弱らせる類の」
「幸い我々が失わずにこられたものですな」
大統領は頷く。
「それは例えどんなものでも替えが効かない。物質的な豊かさでさえも遠く及ばない、何よりも大事なものだ。長く精神性を重んじてきた歴史を持つあの国においてそれは失われることはないと思っていたが……」
「とはいえそのままにしておくことは無論こちらとしても決して見過ごすことのできない問題と影響を残し続けることと同義です。それに良き隣人であれば互いがより発展し繁栄することが可能となるでしょう。いっそすべての事実をありのままに公表してみては?」
「単に事実にスポットライトを当てるだけでは難しいだろう。それ程にあの国のメディアプロパガンダは狂気じみた執拗さだ」
「確かにそうですな。それに間接統治の二重構造を理解できぬ者もいれば、事実と向き合う勇気を持たない者もまた多いでしょう」
「いや、諦観ということもある。何をしても変えられはしないと諦めているのかもしれない」
「なるほど、それはありえますな」
「表だって知らされることはないが、あの国の民主主義制度がすでに機能していないことは、余程愚かでないもの以外のほとんどの者がとうに気が付いている。その忌々しく悲惨な現実から目をそらすかのように、その場限りの娯楽や底の浅い芸能。見せかけだけのまがい物の自由という幻想に囚われているように見える」
外相はそれに肩を小さくすくめる。
「本当の脅威がすぐそばで囁いているとは知らず、見せかけの脅威にばかりに必死に拳を振り上げている。これでは幻想の霧の中で延々と生き血を吸われ続けるままでしょう」
「しかし体の中に危険なものを埋め込まれたままでは自分達の力だけで払い落すことは困難だろう」
「ではある程度の痛みを伴うことは承知で無理矢理その背中からヴァンパイアを引きはがすことも検討すべきですかな」
外相は大統領に質問を投げかける。
外相はもちろんそれが真意でも、実行を期待している訳でもなかった。
これはいわば凪いだ水面に小石を投げ込むようなもので、それによって広がる波紋の形を観察したいだけだった。
案の定外相の思惑通り大統領は顎に手をあて、真剣な表情でデスクの隅の何も無い一点をじっと見ている。
表面上は何も変わらないが、これは思考が高速に回転している時の仕草だった。
この時は何も言わず、じっと黙って待つことに外相は決めていた。
大統領の明晰な頭脳がはじき出した答えが間違っていたことは、これまで一度たりともなかったからだ。
「もっと良い方法がある」
ややあってだしぬけに大統領はそう言った。
「それはどのような?」
それにすかさず外相が尋ねる。
「直接手を下せばこちらの手が噛まれてしまうこともあるだろう。それは国民を預かる立場としてそう簡単に下せる決断ではない」
「ええそうでしょう」
「ならば、ヴァンパイア自体を飢えさせ餓死させることができれば、あるいは――」
大統領は少しの間の後、続けた。
「またそれと同時に今彼らが置かれている状況と先にある展望。より良い可能性を提示すれば、これまで濁り曇った目をした者も息を吹き返すだろう。拳を振り上げるべき現状にも。そしてそれを振り下ろすべき本当の脅威を正しく見定めるかもしれない。そして誰かが掲げた拳を見た者もその意味を理解し、数は更に増えてゆく」
外相はそのアイデアに全幅の信頼と賞賛を示すかのように不敵な笑みを浮かべた。